県立病院の賠償方針について

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自分の子供は平成7年に産まれました。当時は日赤でした。生後間もなくひきつけを起こして、担当の女医さんから家族が呼ばれてこの子は障害が残るかもしれませんと言われた時のショックは今でも鮮明に覚えています。頭の中がキーンとなって絶望感で一杯でした。初めての子供でしかも自宅を新築して幸せの絶頂期にいたのに何でうちの子にそんなことが起こるのか、天国から地獄へとはまさにこのことかと思いました。26歳の男にはジェットコースターのような試練を受け入れるのは少し不可能な感じでした。当時は自分を責めました。今までの自分の行いが悪くてばちがあたったんだと。因果応報とは正にこのことかと。結果には全て原因があると。今では多少生活に支障はあるものの元気に成長している子供の姿を見ればそれだけで十分に幸せです。

さて今回の医療事故かどうかの裁判は非常に辛い記事でした。子供を持つ親ならば本当に辛い気持ちは痛いほどわかります。小説「白い巨塔」のようです。